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2006年11月26日(日) 記事No.13
別館takam16というのがございます。
こちらもヨロシク。


● 大義名分の崩壊

5時に起きるという大義名分を朝4時半に起きることに変更して
3ヶ月。
その制約を頑なに守り続けていた意志が、この土日についに崩壊した。

理由はいたって単純だ。
仮に4時半に起きるとしよう。私はベッド生活ではなく、お布団生活が
すっかりしみついているおかげで、布団を片付けるという行為が可能だ。
4時半に起きる。するとすぐに布団を押入れにしまい込むことが重要だ。
しまい込むその心は、二度寝を防止することだ。

それが崩壊した。この理由もいたって簡単。
寒いのだ。とにかく日も出ていない4時半は震えの止まらぬ環境だ。
目が覚める。布団がある。

「さぶっ!」

某芸人のギャグを聞いたときに匹敵する気分が鳴った目覚まし時計を
止めに起きた後、再び布団にもぐりこむ衝動に駆られる。
もちろん目覚まし時計は電池ごと抜き取る。
携帯電話のアラームはバイブレーターに変更する。

7時までは布団の中で読書をしようとぬくぬくした心地よさで本を読むの
だが、これが気持ちよすぎていけない。

本は時に眠り薬としての効果を絶大に発揮する。
それはつまらぬ話、つまる話、モレることがない最近のおむつのごとく、
効き目は折り紙付きだ。



それから6時間。午前10時を過ぎたころ。
むくっと起きる私はうなだれる。
1日の始まりが、朝10時とはなんともったいない!! と。
時計があと1周すると、この1日は終焉をむかえる。この無駄遣い。



● 無駄遣い


無駄だと近頃感じること、実はパソコン画面とにらめっこしている時間が
最近やけに無駄だと感じる。まさにネットに対する謀反、造反だ。

情報収集に時間をかねないに越したことはない。しかしこれがネットとなると
話は別である。混まない時間にサクッと検索することが秘訣の1つだ。
しかし、ここで欲がひょっこりと姿を現す。
体内にひそかに蓄積されている「ネット欲」がふつふつと脳を刺激し、
右手の甲をこちらに向け、人差し指を自ずとマウスの左クリックボタンに
設置するこの体の覚え。体が覚える自転車や自動車の乗り方とは次元の異なる
お話だ。経過すること数時間。気づいたときには時すでに遅し。

無駄といえば、近頃の古本屋という資源のリサイクルをもっとうとしている輩が
たった1冊のマンガのために袋1枚、広告1枚をお客のために用意する必要は
まったくない。その袋は再生紙を利用と偉そうなことを言ってはいるが、
結局のところ、それは新たなゴミの生産に他ならない。
我々はその不要な袋をおそらくなにかのゴミを入れる道具の1つとし、いずれは
まとめてゴミに出す。それを業者がまたまたリサイクルしてなにかに利用する。

それに比べ、昔ながらの古本屋はちゃんと袋の有無をお客に尋ねてくれる。
きわめて健全だ。零細ゆえの店の事情もあろうとは思うが、買うお客にも資源の
ムダに対する理解がゆきわたっており、また店にもお客がそうであってほしいこと
を望んでいる。

そういうムダな袋が生ゴミに多大に出されているのが現状だ。
朝の他人のゴミ出し風景を見る限り、袋の中にまた袋があり、それが5個も8個も
おさまっている。
いっそのこと、袋をゴミに出す日でも定めればよい。


● お写真公開

日本は敗れたもの、朽ち果てたものに愛を注ぐ心が根強い。
自然に置き換えるなら、典型的なものが今の時期、賑わいを見せる紅葉だ。
これを私が枯葉と呼ぶと怒る輩がいるので、とりあえず紅葉としておくが、
偶然にもこんなお写真を撮ったので公開する。

下をクリック
20061126151647.jpg



お写真は、京都賀茂川を右岸から撮影した10月末日の午後の風景である。
残念ながら枯葉巡り、いや、紅葉巡りとはいかなかったがお日柄もよく、
ウォーキングを楽しむお年寄りや、ミュージシャン志望と思わせるギター弾き語り
風景などを川岸で楽しむこともできる。
しかしなんとといっても近頃は犬のお散歩がほぼこの川沿いの生活の一部と化している
ようだ。いたるところで人間と同数の犬が飼い主より立派だが、いささか妙な服を着せ
られて、気持ちよく散歩の日課をこなしている。
そこへ一匹の犬がこちらへ人間の都合で言うならば、とても嬉しそうに近寄ってきたので
よしよしをしてやろうと思い、手を差し伸べたところ
ガブリとやられた。

3週間後、数十年ぶりの狂犬病でメディアが騒いだ。

同じく自宅で私も騒いだのは言うまでもない。





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2006年11月02日(木) 記事No.12
1ヶ月も前の話を今頃しゃべる出すのはどうかと思ったのだが、
10月はさぼりがひどかったのでUPすることにした。

10月8日の日曜日。いわゆる3連休の真っ只中、
この日の天気はすこぶる良好、
洗濯指数は確か100%だった気がする。

インドア派のチャンピョンと友人に揶揄されることにすっかり慣れた私は
この3連休で最も晴天だったこの日ももれなく自宅で連休を満喫していた。
貸出期限を過ぎることにすっかり慣れっこの図書館本を自ら言うのもなんだが
かなり偉そうな態度、そして姿勢で読んでいた。

確か秀吉の枷だった。

秀吉の枷 (上)
秀吉の枷 (上)加藤 廣

おすすめ平均
stars竹中半兵衛に興味がわいた
starsアイデアが楽しい........ 目くじら立てずに、ご一読!
stars秀吉のことを少し理解できたような
stars信長の棺の後編として読みたい
stars戦国時代のことが好きな人にはとても面白いと思います

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近々TVドラマ化される 信長の棺の原作者である加藤廣氏の歴史小説2作目、
「信長の枷」ですっかり名を売り、さらに前作とうまく関連しているこの
秀吉の枷は経済分野に強い著者らしく 上下巻での出版だ。
2冊セットで3360円。儲け根性がうかがえたため、買わずに借りたというのが
本心だ。

信長の棺
信長の棺加藤 廣

おすすめ平均
stars面白かったです。でも、最後が急ぎすぎたような
stars視点の妙
stars私はそれなりに
stars歴史ミステリーだそうで
stars老人のエロはキモイ。

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そこに突然のヘリヘリコプターのプロペラ音がこだましたので偉そうな態度の
ままベランダへ出る。

ヘリ1

ヘリ3



それは1機ではない。2機、3機と時間とともに増え、視界に入ったその数
なんと7機。どうやら宣伝ではないらしく、またどこぞの軍隊の訓練でもない。

そのヘリ達が視界の上空を不規則ながらも旋回し始める。

ヘリが空を飛ぶ理由。
宣伝でなく、軍事訓練でもないとすれば、残りは1つ、

事件の発生だ。


この日の約1ヶ月前にタクシー運転手が何者かに襲われ行方不明となり、
運転手のタクシーが山奥に放置されていたというある大阪の奇怪な事件があった。
事件発覚後の捜査の結果、どうやら私の近隣でこのタクシー運転手が、乗せたであろう
客と揉めていたという目撃情報が出ると、当然のごとく報道陣が一斉に駆けつけたので
あろう。彼らを乗せた黒いタクシーや大きなバンがあちこちに見られ、普段は
平穏な地域が一時期物々しい雰囲気になった。

しかしこんな情報洪水の時代だ。他でも大きな事件はあるのだろう。
事件の進展が見られず、膠着状態。よってニュースでも取り上げられなくなった。
私もこんな時代に便乗し、すっかり忘れていた。

そこにヘリの集団。脳が目覚めた。目が覚めた。事件の進展だ。


事件は会議室で起きているじゃない!!
ヘリの下で起きているんだ!!


織田祐二のセリフのパロディーをベランダ越しでつぶやきながら、
少し熱くなってしまったインドア派の私。

実際その後のニュースで、
このヘリの下で起きたことは
行方不明のタクシー運転手の死体が発見されたことだった。


陸から現場が撮れない。陸がダメなら空。
平穏な3連休の真っ只中に空からの迷惑このうえない。

ヘリの集団は1時間半は飛び続けただろう。
騒音をさんざんぶちまけた挙句、何の断りもなくわがもの顔で
空から住まいの情報を撮る姿勢は、私の態度以上にひどい。

さらに不快なことは、あれだけ騒がせておきながら、実は次の日の
ニュースでの扱いがまったくもって小さかったことだ。

なぜだ!!


そう、この日は北朝鮮核実験の日。

読書の楽しみも事件の進展もふっとんだ。
メディアとは、所詮このようなものである。


とここまで書いてひとつ、重大な問題に気がついた。



私の住まいが限定されましたなぁ~。




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2006年10月28日(土) 記事No.11
すっかり秋休みの我がブログである。


近頃思ったのだが、
1年の中で最もつまらぬ季節が実は秋ではないのだろうかと
徐々に日の出の時間を先延ばそうとする朝日を眺めながらつぶやく自分が
ここにいる。

温暖化が原因かははっきりしないが、いつまでたっても山は緑を失わず、
番組改編のテレビはどれを見ても腑に落ちない。
紙面の主役は殺しにイジメに北朝鮮だ。



ちまたではさぞかし10月はご盛んなことだろう。例えばこんな感じに。


食欲の秋と皆は言う。
スポーツの秋と世間は騒ぐ。
読書の秋とマスコミは仕組む


しかしながら食の欲など健康が保証される限り、秋に限るものではなかろう。
うまいものは確かにある。海の幸、山の幸といったシロモノだ。
だが文明は進化した。時代は進んだ。加工次第でいつでもどこでも姑息な手段で
食べられる時代。
そしてそれらがスーパー、コンビニ等を賑わすあの殺風景な陳列。
はっきり言って興ざめだ。

食欲の秋という枠にあえて入るのであれば、なにか食欲の秋を満喫した証が必要だ。
例えば「太った」とか。


スポーツの秋 ?
確かに暑からず寒からずの季節のことだ。的を得たフレーズだろう。
するもの見るものすべてを含むのだろうが、取り上げるならば
プロ野球日本シリーズのあの結末はなんだ。
日ハム3勝1敗となった晩のスポーツニュースで

中日、これで負けたら殺されますよ。」

と某解説者(関根潤三)が笑うに笑えぬコメントぶりを視聴者に披露したが、
翌日の中日の敗戦により、本当に殺されてもおかしくないと先の意見に同感だ。
地元札幌では瞬間最高視聴率が実に75%もあったらしい。
我が愛する阪神タイガースを借りてきた猫にしてしまうほどの強さを見せつけたのであれば、
せめて今週末まで白黒を先延ばしにするだけの実力はあっただろうに。
まあ我が阪神タイガースが日本シリーズの結果、特に勝敗について横槍を入れるのは
名古屋の輩にはいささか我慢ならないことなのだろうが。

それよりも釈然としないのが、「新庄劇場」だ。
半年前の引退発表、パリーグ最終戦での仕込まれたセレモニー、札幌ドーム貸切引退記者会見。
確か球団とは別に所属事務所があると聞いた。よくできた劇場だった。
日ハム優勝はちょっとした「予想外」。相手が弱かったぶん「割引」ということか。
しかし真の「予想外割引」は、やはり元所属球団の阪神との日本シリーズ。
日ハム vs 阪神 のカードで、阪神の4勝0敗。
またまた名古屋を、さらには札幌まで敵にまわしそうな発言か....



すると残された最後の秋は

読書の秋。

まあこれこそ先の2つ以上にいつでもどこでもできる行為。

そういえば、以前 「本と本屋と図書館に魅せられて」というブログタイトルのもと、
記事を発信していた過去を読み返していたところ
こんな記事を書いたことを思い出した。ああ懐かしや懐かしや。


こんな記事


調べたところ、わが街は今年もどうやら休館日。


文化の日を休む図書館にこちらとしては「延滞」という手段をもって
断固反対する。



以上、「仏」でした。



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2006年09月26日(火) 記事No.10

読書が好きだと我が読者は認識しておられると思うのだが、実は小生、
テレビも好きでしてな、
言いだしっぺ、やりだしっぺが誰かは知らないが、テレビは1日○時間
にしときなさいなどとよく大人がのたまいましてなぁ。小学校あたりでは夏休み等の
計画に勉強○時間、テレビは○時間と円グラフに1日のおおまかな過ごし方を
記入して提出させるという生活の強要をしいられるという大変窮屈な思いを
しましたぞ。
テレビ好きにを「ふぬけ」にさせるとんでもない手口でしたな。

例えばテレビを3時間とするとそれが多いだのなんだのといちゃもんを
つける輩がいるわけで、そうなると朝9時半からの夏休み恒例のアニメタイム
すら満足に視聴できない。まったく困りモノでしたな、いやいや。

三つ子の魂百までなんて諺がふさわしいかどうかははなはだ疑問ですが、
テレビ好きは見る内容こそ違えどそのまま性格のごとく変わらないわけで、
成長とともにアニメがドラマになり映画になりお笑いなりといった有様で
今日に至りますなぁ。
そうそう、ドラマの話ですな。今日は。

放送予定のドラマを見る見ないの基準として、1つは出演者で決めるというもの、
例えば小生は阿部寛や江口洋介が出るドラマは放置できぬということですな。
脇役もこだわりますなぁ。橋爪功あたりが出てくると締まりますな。やはり。
ちなみに女性陣ならばいっぱいいて書ききれませぬぞ。がはは。


さてもう1つの基準、こちらが本日のメニュー、いやぁ、こう書くと定食になりますなぁ。
それはさておき、基準の2番目は原作本を読んだかどうかということ。

すべての物語の半分は過去に世に出回った本の内容をもとにさらに脚本家なり監督が
視聴者ウケしやすいように、または自分がやりたいようにアレンジしたものを
映像として届けるのですな。

このアレンジが果たして原作者にとって合点のいくものなのか否か、
その思惑を探るのが好みでしてな、ゆえに読んだことのある本の映像化にはアンテナを
何十本も立てるほど興味が沸く。これを知的生活とでも言いましょうかな。

簡単な例ではダ・ヴィンチ・コードの時は原作本が滅法面白いが映像はイマイチとかいう
ことですなぁ。じゃあこれに原作者のダン・ブラウンはどう感じたか、
興味ありますなぁ。


ここはテレビ好きとのお題ゆえ、最近放送された2つの原作本ありの短篇ドラマを2つ。

まずは先週日曜日の「僕たちの戦争」。
こちらは渡辺健が主演した「明日の記憶」の著者、荻原浩(以下ヒロシ)が2004年に
商業出版した物語。名前こそどこにでもいそうなそれですが著者の認知度も高まりました
かなぁ。

僕たちの戦争
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主人公は2人いて、
1人は2002年のニューヨークのテロ騒動時に沖でサーフボードをしていた主人公。
もう1人は1944年(昭和19年)に海軍航空訓練として操縦桿を握っていた主人公。
この2人が時代は違うも同じ月日、同じ時間、そして同じ場所で事故に遭遇して気を失った
ことを理由に気がつけばそれぞれが入れ替わっていたという設定ですな。
もちろん容姿もウリふたつなために映像化では1人2役という極端な物言いで業界人に
言わせるならば「ギャラ節約」ができたと。
ちなみにその役を演じたのは森山未來。
で実はこの物語、登場人物は一部省略されていたものの、セリフが原作本とドラマとで
ぴったり一致する箇所がかなりあったという点がいたく印象深かった反面、原作本は
もっと面白いわいと今更ながら豪語したいですなぁ。

魅力はなんといっても現在から過去へ来た主人公と過去から現代へ来た主人公がどちらも
時代にさっぱり適さない言葉遣いを会話のみならず情景描写までも主人公の世界観にあわせて
述べられる点でしたかな。
特に過去から来た側の描写はなんとも滑稽。

例えば携帯電話ですな。これを過去から来た男が表現すると
「小型無線機」。
テレビとそのリモコンは
「映写箱」に「手にした薄板」。
コーラのLサイズは
「甲羅の得るサイズ」。
新聞紙のカラー紙面を
「総天然色写真の新聞」。

また昔はなかった言葉遣いの「まじ!」。
これを主人公なりに解釈、思案すると
「喜怒哀楽のすべてをあらわす言葉。あるいは軽い挨拶といった意味でつかわれるらしい....」

いやぁ、このあたりの正しい意味は産みの親である薬丸あたりに説明願いたいですなぁ。
はなまるマーケットの番組中ででもいいから。


そういう心の中の解釈はドラマ内ではすべて驚く表情で片付けてしまいますからな。
この作品に関しては真の面白さは活字にこそ発見できますな。

まあ以上のようにどんなヘンテコな語彙が生まれるかは想像するだけで面白いですなぁ。
「すまん。」「知らぬ。」といった会話中での登場は、言わない今だからこその時代錯誤。
しかし使う日本語の節々になぜか美しさも感じましてな。
だが過去の戦中から来た主人公は「御国のため」「皇国の」
と国への愛は「死」も辞さない意志を感じますぞ。

一方で過去へやって来た側はその逆。カタカナ言葉の大盤振る舞いに語尾等につく不必要な
言葉の行列。なんともいえない中身のない、しかも弱い意志。
こちらは今の世を知っているだけに特に新鮮味は感じないのはちと残念ですが、
それもいたし方ありませぬかな。

活字もを映像もあわせて考えますれば
戦争を境に現代と過去の両方への著者の皮肉がたっぷり込められたメッセージを存分に
味わえる書きっぷりにお腹いっぱいですぞ。
そしてそれぞれの時代の足りない点を補いあっているというのもポイント。
そこに決して変えることのできない歴史の重みを加え、歴史の前で人は抵抗できないことを
ちょっとした仕掛けでもって伝えていく。色が赤いかどうかはわかりませぬが、なに色かの
糸で結ばれているのですな。歴史というものは。
例えば昭和19年に来た主人公の1人がそこで出会う人物達は現代における友人の祖父母であったり
実の祖父の若い頃であったり。なんかドラえもんの香りがどこからか漂ってますな。
そんなSFじみた話は過去のもゴロゴロありましたかな。いやいや。
ただ戦争に対する想いというものに関しては若干インパクトが不足しているようにも
感じましてなぁ、これについては文中の言い回しに小生が気をとられ過ぎたというのも
原因かとは思うのですが。


まあ極めて原作とドラマが類似していたのが「僕たちの戦争」というわけですな。
ならば原作者の満足度は許容範囲でしょうなぁ。


さて、その放送の1週間前に「死亡推定時刻」なるドラマが放送されましてなぁ、
こちらはあまり耳慣れない名前の朔立木(サクタツキ)が原作者。

死亡推定時刻
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本の内容は、とある女子中学生の誘拐殺人事件で捕まった男が実は犯人でないにもかかわらず
取調で殺人を犯したと自供してしまったために、死刑判決を受けてしまう。
その判決の控訴審を国選弁護人として事件を担当することになった主人公
はさまざまな資料をもとにこれが冤罪事件であることを見抜き、
警察・検察・裁判所のしくみや慣行といったシロウトにわかりづらい内容を事細かに
説明を加えながら、いかにして冤罪事件が成立するかという過程を読者に提供する、
そして一度取調で供述してしまったことがいかにその後の展開を決定付けるかも非常に
伝わる一見ノンフィクションかあるいは社会問題のジャンルに入れてもよいような内容ですな。

ところが吉岡秀隆が演じたこのドラマはあろうことか、冤罪をテーマの主軸に扱わず、
真犯人は誰かという視聴者に擦り寄るような出来上がりになってしまっており、
それが誰が犯人の匂いかもわかるベタなパターン。
原作本の言いたいことがまったく別の、それもミステリー仕立ての物語として
なにかの生まれ変わりかとでも思うようなあまりにもの変貌ぶりに
著者の朔立木の心中ご察ししますぞ。

著者や出版社、脚本家や監督、出演者、そしてテレビ局それぞれの力関係がこういう
原作本のあるテレビドラマでは嫌味なほどに見え隠れするのは
なんとも言えませんな~。

おっと.........



仏でしたな。俗世間のカネや嫉妬に立ち入ってはなりませぬな。いや~。

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2006年09月18日(月) 記事No.9
いや~、すっかり秋になりましたなぁ。

盛りを過ぎたといえば、ブログあたりも一時期の勢いは鳴りを潜めながらも
なんとかこの移り変わりの激しいネット社会で生き抜く算段のようでなにより。
近頃はオーマイニュース等の市民記者や、ソーシャルネットワークがキラ星のごとく
注目を集めておるのじゃが、こう見えても小生も某市民記者サイトに登録して
おり、ウサギのごとく耳を澄ませ、キリンのごとく首を長くしてさらには
フクロウのごとく夜を過ごし、ネタの散策に余念がない毎日ですぞ。
一方、ソーシャルネットワークのお誘いはたまに受けたりするのじゃが、
知る人ぞ知る者どもに小生の臭い部分を知られるというのはなんだか落ち着きませぬから
なぁ。
劇的な邂逅というのもありうる反面、息の詰まるような再会も当然あるわけで、
天秤にかけますれば、ここはブログというヌルさが居心地がよろしいというわけですな。
いやいや。


盛りを過ぎたといいますと、活字ですな。
特に氷河期時代にすっかり突入の雑誌、主に週刊誌はツラい毎日のようですな。

そんな日陰の週刊誌だからこそちょっくら読んでみたい、人の知らぬ存ぜぬネタは
実体験と週刊誌コラムに常に寝転んでいるというわけで、
胡散臭さと面白さの二面性を兼ね備える週刊新潮9月21日号のコラム、

~おとなの羅針盤~。

担当するのは先崎学、将棋棋士の方ですな。彼の提案、

トイレノックに一定のルールをつけるというお話は妙味でしたなぁ。
彼曰く、
「行きたいトイレが塞がっている時ほどストレスを感じることはない!」

ということでその解消策にノックの方法を持ち出すという小話。

これを小生を主人公にすると、
小生が朝、もよおしそうになって駅構内のトイレに駆け込んだとする。もちろんあっちの方ですぞ。
ところがいくつかある戸はすべて塞がっており、なんとかならぬものかと戸を叩く。
1回ノックはまだ余裕がある。
2回ノックはできればちょっと早くしてくれ。
3回ノックはもうたまらん!早く出てくれ!!

のようにノックの仕方でその人の土壇場度を知らせるというわけですな。
すると中で先にもよおしている輩は
1回ノックはまだまだかかる。
2回ノックはもうすぐ終わる。

というルールの下、ノック返しをする。

ここでどうしてもたまらん! つまり極めて危機的状態の場合は
改めて今度は連打で返すというルールを決めるというミニコラム。

なんとも静寂な場で黙読したおかげでぷ~っと噴出しそうになってしまいましてな、
公衆の面前で辱めの眼差しを感じたのが最近のことというわけで。

そういえば駅構内の公衆トイレ
OKWebにでも問いかけようと思ったのじゃが、
なぜ最も貴重な時間帯といわれる朝8時や8時半に清掃タイムに突入するかという
あの不快感溢れる疑問ですな。
せめて9時や9時半にしてはもらえぬかと一度問い詰めた時があり、そのとき
清掃オバさん、まあオジさんのようなオバさんだったのじゃが、そのオバさんが

「仕事ですから。」

のセリフには、本当にオジさんにしたろか! 
と思いましてなぁ........

おっと.......


仏 でしたな。 いやいや、失敬。


学生時代にも便所トラブルを1度経験しましてな。
1時限目の授業が朝9時から。学校に到着したのが8時半。
8時40分ぐらいにお決まりの「もよおし」が来まして、朝の駅構内とは180度違う
静けさが朝の学校なのじゃが、そのガラ空きの戸内で朝の一仕事をしておったところ、
あとから清掃オバさんが入ってくるやいなや、

「やるんやったら掃除の済んだところでやってくれたらええのに!!」

と激怒。それにカチンときた小生も口撃で応戦。

「やってしまったもんはしゃ~ないやろ。」

しかしですな、想像してくだされ。
戸外で言いたい放題文句を言うオバさんに戸内で身動きのとれない小生にどう転んだって
勝ち目があるわけがない。
約1分にわたる合戦はオバさんの勝ち逃げ。
こちらは戸を出るやその卑怯者を汗だくになって探すも、すっかり身を潜めてしまい、そのまま
時効成立。もよおしの最中はいかに人は無防備かということを肌で感じた瞬間でしたな。
いやいや。
素手vs刀、ハブvsマングース、叶美香vs叶恭子といったところですな。
あの逃亡者、次に会ったときは許さぬと恨みつらみの中、無事学校卒業とあいなったわけで。



おっと.........

これまた 仏 であることを忘れておりましたな。


まあこの記事は食後にのんびりと読んでくだされ。




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