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2007年02月04日(日) 記事No.17

読んだ本の印象度順にランキングを付けたいと思う。
これは普遍的なものではなく、あくまでも個人の枠を出ない
ものである。よって、他人が賛同しないものが上位にくること
もあるだろう。2007年12月にどんな順位になっているかが
楽しみだ。




エントリーNO1  宮部みゆき 「名もなき毒」

名もなき毒
名もなき毒宮部 みゆき

幻冬舎 2006-08
売り上げランキング : 6739

おすすめ平均 star
star好みの問題ですが
starすばらしいです
star「家」の「毒」についてちょっと考えた

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2007年初読みであるため、とりあえずは現在進行形で

------------------------------------------
 1位  宮部みゆき 「名もなき毒」
 2位
 3位
 4位
 5位
 6位
 7位
 8位
 9位
10位
------------------------------------------

となる。今後読む本如何ではこの順位は
激しく入れ替わるだろうし、よい印象度に値する
本に多く巡りあいたいというのが筆者(私)の想いである。





社会派ミステリーというジャンルの泣きどころは、
出版当時は活況を浴びるのであるが、時が経つと読み手の印象が
頭の中からすっからかんになってしまう点だ。

それは時代の移り変わりが激しいほど顕著であり、現代社会が
まさにそうではないか。
昨日親殺し、子殺しがあったかと思えば、今日はバラバラ殺人、
次は放火事件と事件に次ぐ事件、情報に次ぐ情報に人々の脳は
反応することができない。むしろ、とっとと忘れ去った方が受け手に
とっては気楽といえよう。

社会派ミステリー、社会派小説というジャンルは、
当時の社会情勢を背景にした作品であるがために、時が経ち、現代社会にそぐわない
事象がテーマとなると、まったく誰の相手にもされなくなる残酷きわまりない
ハイリスクな類であろう。

では、時代遅れと言われることをどの社会派小説も避けて通れない中、
後世に語り継がれる社会派小説とはどういうものかと考えた。

例えば、30年、50年前の社会を知るために我々はどのような
手段を選ぶか。

・当時のことを人に尋ねる
・当時の映像を見る
・当時の資料・書物を読む

ことが考えられる。過去を生きていない者が過去を語れるはずがない。
だから過去の者、そして物を知る必要がある。
そして以上の3つの手段の中で、

・当時の資料・書物を読む

ことを選んだときにそれが当時の社会派ミステリー、社会派小説であったとしよう。
読んでみて、当時の時代背景のみならず、物事の思考や行動を文面より読み手がうまく
解釈できる小説かつ、書物が執筆当時には解けなかったことを後世にさりげなく問いかけている
ふしがあるならば、それがこのジャンルが後世に残るに値するすばらしい作品
であると筆者(私)は思っている。


ただし残念なことは、30年後ならまだしも、50年後にはその作家はきっと生きては
いない。どれだけ医療や福祉が進んでもだ。


そんな今現在の社会派小説、社会派ミステリーの第一人者の最右翼の1人に挙げられるのが
宮部みゆきとその作品達。
「名もなき毒」は現代の、説明するには困難で不条理な事件や行為、行動を題材に
した社会派ミステリーの1冊。


なぜ説明するには困難で不条理な事件が題材かといえば、まさに今がそんな世の中だからだ。


高度成長期という時代は、国民皆生活行動パターンや目的というものはおおかた決まっていた。
それはやがて固定観念となり、それを少しでもはみ出したりずれたりしなければ、
「普通」という2語で片付けられ、
またその定義づけられた枠を根底に物語、ここで言うなら現代小説は生きていた。

ところが、
90年代後半の経済の破綻とそれを受けての再構築の過程において、多種多様な生活行動パターン
をいわば余儀なくされ、あとづけながらも多様な価値観も認めようじゃないかという風潮も出るように
なった。女性の社会進出や、働き方の多様化などである。
ただ、残念ながら人間というものは最もよい時を基準に考える性癖があり、
多種多様な生活行動パターンや価値観の選択はありながらも、
やはりバブル以前の生活様式が「普通」という意識が動かざること山のごとく、
横たわっており、「普通」という固定観念からはみ出ると、それを軽視する風潮はいまだに残されている。
軽視する風潮とは、さまざまな法律、条令に見受けられ、一方で
古き良き時代への懐かしさと、その時代を知る世代が多く存在することに理由がある。




「普通」という枠の中で生活している者にとっては実はその定義を比して意識しない。
なにを持って「普通」なのかは政府など国が押し付けたがっている定義や数値が目安である。
一方で
それ以外の「普通でない」枠の中で生活している者、ここでは政府など国が押し付けたがっている定義や
数値を満たしていない者は、「普通」を意識するあまり、「普通でない」ことを必要以上に意識する。
先の比してとは、「普通でない」者との比較である。

「普通」というのは定義や数値で決められているのでひとくくりにしやすいが、
「普通でない」のはそれ以外、それ未満であるわけで、いろんな「普通でない」者が存在する。

ここで問題なのが、「普通」=良い、「普通でない」=悪い という考え方だ。

そして気になるのが、よくニュース番組の会話の部分で語られる

「普通、~は.....」

といった一般論だ。メディアに一国民を代表して「普通」を語ってくれと頼んだ覚えもないのに、
例えばありえぬ犯罪事件に「普通目線」を持ち出した単なる「普通」の経験則にしか基づかない
あの語りだ。

「~と考えるのが普通ですよね。なのに...は...」

という解説を聞けば聞くほど 「普通」=良い が思考から離れられない。 

それが日本経済の流れの中でやむなくそうなったとしても、
生活行動や価値観が多様化しているのだ。

にもかかわらず、いつまでたっても
普通 普通 普通 普通 普通......



生活行動や価値観の多様化はおそらく「普通」「普通でない」の線引きをなくすという意味で
非常に肯定的にはとらえたい。
ところが、現実はあいかわらず境界線は引かれたままだ。
「普通でない」者が、政府など国が位置づける「普通」を示すがために、おまけにマスコミが
普通発言を乱発するばかりに

「普通でない」者は
自身の置かれた状況に憂えるばかり気があせり心にゆとりがなくなり、
また「普通」である者も「普通でない」者になりたくがないために
向上心を常に求められて心にゆとりがない。

世に起こる犯罪のほとんどは心にゆとりがない時に発生する気がする。

本書、「名もなき毒」は、
殺人も、自殺も、ストーカーも、いじめも、虐待も病気もなにかしらの原因不明の名前のわからない
「毒」を人間が持った時を前提としたような記述があり、
それは性別、年齢、職業など一切関係なく、体内に侵入する。

よって、本書で語られる一連の事件も名前のわからない得体のしれない「毒」の存在を思考する。
そこが味のあるタイトルだと感じるのだが、
筆者(私)の興味は、やはり本書で語られる「普通」論に目が行く。
それが先の考察であるのだが、まあ、罪を犯すこと自体は「普通」か、「普通でないか」と
問われれば、「普通」=良い、「普通でない」=悪い という考え方に苦言を呈してしまった
以上、「普通でない」=悪いとなってしまうのだが.......

毒に名前があるのなら、その毒の予防や処置の対策も立てられるだろう。
現代社会は、その「毒」が いつ、どこで、どのように人の体内に入り、それが使用されるのかが
わからない。さらにひどいことに、「毒」の名前もわからない。
30年後、50年後に当時の社会を知ろうとする本書の読者がはたしてその「毒」の名前の答えを
言うことができるのか。
それが言えるようになった時、本書の後世への役割は貴重なものとなり、同時にその役割を
毒の名前がわかることによって終えるであろう。


ちなみに今現在、筆者(私)の思う「毒」は、先に触れたように
余裕のなさであり、ゆとりのなさのような気がする。
この回答に宮部みゆきはどんな点数をつけてくれるかはわからないが、そんなに的外れでは
ないと思うのは私のご都合主義であろうか......

名もなき毒
名もなき毒宮部 みゆき

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未分類 |  トラックバック(0) |  コメント(4) |  記事を編集 | 

2007年02月06日(火)
普通でないものへの忌避や批評などなど。
人間の歴史は普通と、そこから排除された普通でない者との抗争の連続だと考えています。
竹里京洛 | URL | コメントを編集 | 
2007年02月07日(水) 竹里どの
いやぁ~、多忙を極めているようですなぁ。

とにもかくにも「普通」という言葉は多数決によって決められた観念で、
マスコミというものはホンネはやはり視聴率。
多数決にこびるような放送はどのチャンネルも同じで、例えば小倉智昭の「とくダネ」はかなり批判的に見ています。
あれは国民を日本のあるべき姿を放送を通じて自然と視聴者を誘導させかつ、昔はこんないい時代だったというようなことを懐かしむ番組にとらえているからです。

その点、やはり廃れたと言われて長い「雑誌」は言いたいことへの規制が緩和されていいですなぁ。
その意味ではタブロイド紙や週刊金曜日、また直販といわれる雑誌はけっこう好きなのですよ。
takam16 | URL | コメントを編集 | 
2007年02月07日(水) なるほど~。。。
うむうむ。
本人が意識するよりも、他者から見て「普通でない」という枠で生きているらしい。
よくわからないけど、マスメディアなどの情報をほとんどバカにしている・もしくは信じていない。おまえら(政治家など)の思惑にはそう簡単には騙されない。という強い信念のようなものさえ芽生えている始末。

宮部みゆき苦手だが・・・読んでみようかな。

PS:「キム兄」化・・・風刺画見たいな感じ?
jiji | URL | コメントを編集 | 
2007年02月09日(金) キム姉じゃなくてjiji姉
テレビという思想宗教よりは
ラジオのでたらめトークの方が面白いですねぇ。
これからはキム姉かjiji姉と呼ばせてもらうことにした!!
takam16 | URL | コメントを編集 | 

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